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2011/03/15(火) 19:47:25

被災して

私は仙台市に住んでいます。
今回の「東日本巨大地震」について、ニュースでやっている程酷くない場所ではありますが、自分の体験と、地震報道に思うことを記事にしたいと思います。
3月11日(金)14時40分くらい:地震発生(震度6強)
私は近くのコンビニにいる時に地震を受けました。
最初に揺れを感じた時は、震度3くらいの地震かな~と思い、そこまで深く考えていませんでした。それに、その数日前に三陸沖の地震があったため、その余震だろうと高をくくっていました。
しかし、私の予想が外れたのはすぐに分かりました。携帯から緊急地震速報の音が鳴り響いたのです。

その瞬間・・・!

本震がきました。
え?え?と、思っているうちに揺れはどんどん大きくなっていき、普通に立っているのが難しくなってきたので、危ないかもと思いつつ、窓枠に掴まりながら立って揺れが収まるのをじっと待っていました。
揺れている間、店員さんが私を置いて外に逃げて行くのが見えましたが、そこは気にしないでスルーw
とりあえず揺れが収まってから店内を見回すと殆どの商品が棚から落ち、辺りには落ちて割れたのか、お酒の匂いが立ち込めていました。
店内から出ると、当然の事ながら、一目散に家に帰りました。


震災生活1日目
私の家は沿岸部から遠く、津波の被害は無かったのですが、食器はいくつ割れたのか分からない程割れ、家中にひびが入っているという状況でした。
家族は全員無事で小さな怪我もありませんでした(良かった良かった∈^0^∋)。
さぁ、ここからが大変です。電気は地震の最中停電したので、ありませんでした。
ただ、その時はまだ水道が通っていたので、使えなくなる前に水を確保しておきました。
確保の仕方は、湯船にたっぷりと入れ、できるだけ多くの空き容器にも入れました。←コレすごく大事!
こういう被災は確実に水が足りなくなるので、出ているうちに確保しておく事が大事です。(案の定、すぐに水道が止まりました。)

その日は、明るいうちに割れた食器の片付けと、ラジオや懐中電灯の準備をしてたら、日が暮れてしまい、食事をしたあとはすぐ逃げられるように家族全員で一階のリビングで寝ました。
これまでが1日目です。

震災生活2日目
2日目は、あまりよくない目覚めでした。(まあ、当然ですね^^;)
携帯を見てみたら、電池が切れていました。前日にTwitterやらワンセグやらで酷使したのがいけませんでした・・・(´・ω・`)
我ながらアホでした・・・○| ̄|_
そこから携帯のない生活に逆戻りですww

2日目の課題は、カセットガスを手に入れられるか、というものでした。
というのも、予備のカセットガスは1つしかなく、これでは料理が難しくご飯も食べられないのかと、思うほどでした。(ちなみにうちはIHです)
といっても、うちは二世帯住宅で、祖父母が住んでいる方はプロパンガスで、コンロは使えたんですがww
ただ、熱々の鍋やフライパンを持ちながら廊下を移動するのは危なく、出来るだけカセットコンロで料理がしたかったで、カセットガスが必要でした。

しかーし!!

数時間並んで結局1つしか手に入りませんでした(´・ω・`)
1人一個だったそうです(父親談)
ほしいのはみんな同じなので、制限が掛かってしまったのですね。
2日目も家族全員一緒にリビングで寝ました。


震災生活3日目
3日目は、食糧とカセットガス調達のため、たまたま開いた100円ショップに弟と並びました。
1時間ちょっと経ってからようやく店内に入ることが出来ました。
入ってすぐに店員さんにカセットガスはあるかと聞きましたが案の定売り切れでした。
こういう時に必要な食べ物は、水が必要な洗い物が極力出ないモノに限られます。(カップラーメンなどが最高です)
しかし、さすが人気商品既に売り切れでした○| ̄|_
仕方ないので、缶詰め、レトルトなどを買い、買い物終了。

その日の夜ご飯は、思ってもみなかった焼き肉でしたw
理由は、冷蔵庫の中で腐ってしまうため。
といっても、豚肉だけでしたけどw
それでも嬉しいものです。久々のお肉は美味しかった~( ̄~ ̄)

灯りがないため、7時過ぎには家族全員睡眠モードです。暗くて何もやることがなく、寝るしかないのですw


震災生活4日目
朝ご飯で早速3日目に買った缶詰めが出て来ましたww

この日からリビングではなく、自分たちの部屋で寝ようと決めて、早速明るいうちに部屋の片付けをやりました。
幸い壊れた物はなく、すんなりと作業は終わりました。

そして夜、久々の布団はかなり気持ちがよく、よーく眠れました。


震災生活5日目
この日は二階の屋根瓦が剥がれ落ちているのが発見されたので、その上にブルーシートを被せる作業をしました。
私は下で待機し、上から垂らされたブルーシートにくくりつけられたロープを、近くにある木に結んでいきました。
これが結構大変で、かなり疲れました。

その夜も自分の部屋で寝ようとしました・・・

その時・・・!

部屋の電気が点いたのです!!
あまりの嬉しさにヒャッホーイ!って言ってしまいましたwwww(コレ本当)

そして、携帯の充電でき、灯りも点いたので、テンションが上がってその日は1時過ぎまで起きてましたw
え?そんなに遅くないって?
いやいやそんな事ないですよ、4日間とはいえ7時過ぎには寝てしまっていたので、体感的にはかなり夜更かしした感じでしたww


震災生活6日目
6日目は、雨の為特にする事は無く、ただただ寝てましたwww

そして今に至る訳です。


さてさて、この生活の間には日本でいろんなことがありましたね。
飛び火する地震、福島第一・第二原発問題、関東のなんちゃら停電 etc...
停電中はラジオしか情報源がない中で、こんな事をニュースでずーっとやられるとかなり困ります。
被災者が知りたい情報とマスコミが伝えたい情報は必ずしもイコールでは無いのです。
確かに原発問題は大事です、それは私だって分かります、問題なのはニュースがそれだけになってしまって、被災者が知りたい情報が入ってこないことです。
被災者(あくまで私の場合ですが)が知りたいのは、いつ復旧するのかと、営業している店舗などの情報です。
はっきり言って、原発のことは周辺に住む方には必要な情報ですが、仙台のしかも、ただ強い地震に襲われた所からすれば関係ないと言わざるを得ません。
酷いかも知れませんが、終わりが見えない震災生活を続けていると、心が荒んでくるらしく、そう思ってしまうんだから仕方がないんです。

そうそう、なんちゃら停電で首都圏近郊の人たち、いったい何をやってるんですか!
たった3時間停電するというだけで、乾電池、ガソリン、灯油、懐中電灯 etc...
買いすぎです!!
どうか、どう~か、普通に買い物してください!そんなに買っても必要ありません!絶対余ります!
被災地に物資がいかなくなる可能性があります!←コレだけは絶対にあってはなりません。

以上仙台からのお願いでした。
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